以前、こんな言葉を耳にしました。
「死んだらお仕舞、お墓に布団は掛けられない」という話です。
なんとなく意味はわかるような気がしますが、納得がいきません。
この言葉で片付けられることは、ただ単に楽をしようということではないでしょうか。自分本位な考え方ではないでしょうか。
またあるときこんな相談を受けました。
お葬式が終わって、初七日のお参りが済んだ後、故人の妹さん、お二人がおっしゃいました。
「私たちは遠くに住んでおります。早く納骨できませんか。」と。四十九日まで待っていられないという意味です。
「別にあなた方のために、お経をあげるのではありませんよ。あなた方がいなくても、いっこうにかまいませんよ。」と、そんな気持ちになってしまいました。しかし、この私の考えは過ちでした。
供養というのは養いを供えると書きます。
何を養うのか。
それは私たちの心を養うということなのです。
お経には、自分たちがこの世でどのように生きていけば良いのか、何をどのように実践すれば幸せになれるのか、こと細かく解説してあります。
亡き精霊を供養することで、知らず知らずのうちに、私たちの心が養われているのです。徳が備わっていくのです。
日々の生活の中で、仏様と、ご先祖様に感謝いたしましょう。
素直に感謝する心を持つことができることが、唯一の幸せなのです。ありがとうございます。
合掌