善照寺|真言宗豊山派|新潟県 刈羽・柏崎

本寺〒945-0304新潟県刈羽郡 刈羽村大字寺尾233 電話0257-45-3140メールmandarasan@zenshouji.or.jp 別院〒359-1164  埼玉県所沢市三ヶ島1丁目722-11 電話04-2949-8977

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法事・祈祷、儀式、修行

法事・祈祷、儀式、修行

善照寺では、供養・法事・祈祷、儀式、修行体験のお申込みをホームページからも承っております。

■葬儀護摩

■法事(年回忌・命日)

■護摩(毎年一回)※詳しくはこちら

■祈祷(随時受け付け)
  家内安全   商売繁盛   学業成就   病気平癒 
  受験合格   交通安全   除災招福
  安産祈願   身体健全   厄除※別表   所願成就   その他

■御祓い
  方位   金神(こんじん)   六算(ろくさん)   疳の虫(かんのむし)   その他

水子供養

■仏壇、墓石等の開眼・開眼もどし

■地祭り・鎮宅(わたませ、家の新築祝い)

■仏前結婚式

■結縁潅頂(仏様と縁を結び、加護を頂く儀式)

修行体験

 

     お問合せ、お申込み

 

 

護摩(毎月28日)

毎月28日の早朝、日の出より、山門脇の護摩堂にてお護摩を厳修致しております。

護摩参拝は自由です。所願成就等のご祈願のある方は、気軽にお参りください。
ご祈願は本堂及び、護摩堂に祈願札がありますので、事前に記入し、お申込みください。
なお、特別祈願のある方は、電話、メールなどで、お問い合わせください。

 

     お問合せ、お申込み

【護摩と真言宗の祈り】

 いつ終わるか、いつつまずくか、まったく先がわからない、無常の風が吹きまくる人生を、私たちが、気持ちよく元気に生きるには、どうしても何かに祈っていかねば、不安で仕方ありません。多くの人々は過去も現在もそして未来も、おそらく祈りつつ生活していくのです。

ある宗教学者の話によりますと、地球上の多くの宗教が、「あかり」とか「灯明」を用いることから、宗教というのは人生の光になっているのであろう、ということです。これを逆に申しますと、あかりや光のない、つまり祈りのない人生は、夜間に無灯で車を運転するのと同じで、あぶなくて見ていられません。
そして真言宗の独特の儀式であります護摩は、光と火と祈りが盛り込まれたまことが、すばらしい行事であり、まことに意味深いものなのであります。

 「護摩」の語源は、インドの古語のサンスクリット語で「ホーマ」からきたことばで、「焚く」という意味です。この形は、インドでは文化の発生以来、数千年以上も続けられてきた祈りの儀式なのです。火に五穀とか香木などいろいろなものをくべて、天上の神々に供養するというものです。あかあかともえる火は、人間にとってなんともいえない不思議な力を感じますし、ほのおの光は、聖なるもの、清らかなるものを連想させてくれますから、これに物をくべて供養し祈るということは、人間の本性に根ざした祈りの形式だといえましょう。真言密教では、その護摩の形式をそっくり生かして用いておりますが、私たちの護摩は天上の神ではなくて、「ほとけさま」に供養するのです。しかもただ単に火にくべて供養するだけでなくて、深い精神的なものが加えられております。火を焚いて供養して祈るという形式を外護摩といい、それに込める深い意味づけとか願いの成就のための心がけなどを内護摩といい、この二種の護摩によって真言宗の護摩の儀式が成り立っているのです。

 次に内護摩の一端をかいつまんでおはなしいたします。護摩
真言宗では、大願が成就するためには三つの力が揃わなければならないとされております。
まず第一に私たち自身の願いを成就させたいという努力と向上心であります。若い人たちには、自分が努力すればできないことはない、なせばなる、と考える人もありますが、それは、ごく限られた範囲のことで、それだけではどうにもならないことがむしろ多いのに気がつかなければなりません。
次はほとけさまの大慈悲の力で、これを如来の加持力と申します。自分はなにも努力をしないで如来の加持力ばかりに頼っている人もありましょうが、それではほとけさまも本気にはなって下さらないでしょう。 
第三の力は、自分をとりまく一切の環境の力(法界力)で、大願成就のためには、他の人々や社会の援助がなければなりません。泥棒が成功するように祈っても、社会がこれを許しません。

 「以我功徳力、如来加持力、及以法界力」と申しましてこの三力がぴたりと揃うように願を立て、努力し、敬虔に祈る、これこそがわが真言宗の祈願なのでありまして、大願成就は間違いありません。

 護摩を焚いて頂いて交通安全を祈ったら、その時の気持を忘れずにハンドルをにぎる、家内安全を祈ったらその時の気持を忘れないようにしながら生活する、そうすれば、ほとけさまのご加護と一切の因縁の力に支えらてきますから、まことに不思議であります。
「真言宗豊山派 壇信徒宝典より」